潜在意識とオルゴール

 先日、映画誕生百周年記念作品である「RAMPO」(松竹1994)を見た。主人公は江戸川乱歩自身。乱歩は彼の分身たる明智探偵として、「イマジネーションは現実の何物よりも強い」というテーマを追いかけつつ、自分の小説の世界に入りこんでしまう。

 ポスターには「この映画には3つの特殊な効果がございます」とある。乱歩らしいフレーズだが、映画によってその謎が解きあかされていく。1つめは「サブリミナル」な効果である。特定の映像を映画に知覚できないほど瞬間的に挿入しており、コーラやポップコーンの売上を伸ばすために使用されたことがある。人間の潜在意識のレベルを刺激して、本能や感情に直接訴える手法だ。

 2つめは「1/fゆらぎ」である。fはfluctuation,frequencyの頭文字で、振動、ゆらぎ、周波数を意味する。これは、視聴覚的に「ここちよさ」を感じる映像や音には、ある特徴があることを明らかにした理論である。映画の中では映像と音に1/f模様がデザインされ、快感を呼び起こす。

 3つめは「フレグランス」だ。人間の五感(視覚、聴覚、味覚、触覚、臭覚)の中で、最も不鮮明とされる嗅覚に働きかける。フェロモンを含んだ香りを劇場に流すことにより、我々を画面の中に引きずり込んでゆく。歴史上、最高の美女といわれるクレオパトラはじゃ香に魅いられた女性の一人であった。9世紀の医学者はじゃ香の効能として、催淫効果に加えて、発汗促進、強心作用、気力の充実など、健康の維持増進にも役立つと述べている。最近、植物の抽出物や香りを用いたアロマセラピー(芳香健康法)が話題となっている。ミントは疲労を回復し、ラベンダーは不安を解消し、ジャスミンによって人は幸福感に包まれるという。

 これらの特殊効果のためだろうか?。確かに、「RAMPO」は私の理性と感情を大きく揺さぶり、私を映画の虜にしてしまった。ストーリーでは動と静、毒薬と媚薬、映像では喧騒と静寂、規則性と意外性、また音楽では和音と不協和音、オルゴールとオーケストラなどがコントラストをなして映画の中で複雑に絡みあっている。

 私たちのイマジネーションは、音楽により大きな影響を受ける。映画のBGMにはいろんな工夫がみられ、リズムでは、4拍に1度擬似音を入れたり、心臓の拍動に似せた音を次第に大きくしたりして、観客の心と身体にプレッシャーをかけてくる。ミステリアスな旋律を分析すると、メロディーは完全5度、増4度、長3度、2度の音幅をもって流れていた。そして、落ちつく和音と不安定で未解決の和音をうまく用いている。これらは快と不快を交互に感じさせる目的なのだろう。

 また、オルゴールの音色は「甘いささやき」や「やすらぎ」をイメージするものだが、使う場面によっては、より一層、不安や恐怖を感じさせるものとなりうる。映画を見た人がその音色を聴いた時、そのシーンが思い出されて背筋が寒くなるかもしれない。このように、映像と音楽が一体となって潜在意識の中にインプットされ、音楽を聴くだけでその情景が脳裏に甦ってくる。まさに、音楽は意識をも支配してしまうのだ。

 映画の中に、編集者である横溝正史が登場し、「先生の小説は、現実をも動かしてしまうのですよ」と乱歩に語りかける場面がある。その言葉に私は、「もしかしたら、我々のイマジネーションは、現実の何物よりもとてつもなく大きなパワーで、未知なる世界でさえ現実化させてしまうのだろうか」と思わず息をのんだ。

 ユングの心理学によると、我々の心は意識していないレベルでつながっているとのことだが、人と人との間には、目にみえない波動が行き来しているのかもしれない。

 ところで、スポーツ界においては、アイススケートの黒岩 彰はイメージトレーニングで手足の先端までに意識を集中できるようになった。体操の池谷と西川を育てた山口コーチは潜在意識のレベルまで訓練したといわれている。

 今後の我々に与えられたテーマはマインドコントロールにあるのだろうか?

資料
 1)「淡路香りの館」兵庫県津名郡一宮町 Tel:0799-85-1162, FAX:0799-85-1163
 2) 橋本克彦著、コーチたちの闘い、時事通信社

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