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マレーシアの母子ケア

マレーシアの母子ケア

本邦ではプライマリ・ケア(PC)医学の必要性が久しく叫ばれているが、なお十分な現状とは言えない。日本PC学会では、従来より本邦におけるPC医学のパイオニアとして活動を続けており、アジア太平洋地区WONCA(World Organization of Family Doctors)においても指導的立場を占めている。
 今回、WONCAが主催する「家庭医療学における研究手法のワークショップ」が1996年3月にマレーシアで開催された。筆者はこれに参加するとともにマレーシアの厚生省を訪問し、大学病院、地域の病院、診療所などの医療施設を視察する機会を得た。その中で特に印象的であった同国の母子ケアを中心に報告する。

1)国と医療の概要
 マレーシアは東南アジアの中央部に位置する熱帯の国で、マレー半島の11州とボルネオ島北部の2州からなり、国土面積は日本の9割である。総人口は約1800万人でマレー半島に1500万人が住み、マレー系62 %, 中国系29 %, インド系8 %から構成されている。首都はクアラルンプルで、政治・経済・教育の中心である。国民1人あたりのGNPは、アセアン諸国ではシンガポールに次いで2番目である。
 同国の医療は公立が94%を、私立が6%をカバーしている。医療施設は、都市部と農村部とで大きく異なっているのが特徴で、都市部では大学病院と一般病院を中心にして、本邦と類似した医療が行われている。一方、農村部にはヘルスセンターという診療所があり、その下部組織であるクリニック・デサと呼ばれる村の診療所が主な医療機関である。
 母子ケアには大きな力が注がれており、MCH(Maternal Child Health)という施設で、妊婦や母子の健康管理が行われている。また、農村部にはクリニック・ビダンと呼ばれる施設があり、助産婦が住み込みで妊婦の診療と教育を行っている。
 このように、マレーシアではこれらの医療機関で医療、母子保健、栄養指導などのサービスが行われており、医療機関の間の連携もうまくいっているという。
 医療費については、同国では公費負担が大きく、個人負担はほとんどないと考えてよい。興味深いのは、施設によって医療費が異なることである。大学病院を受診する場合は、診察や治療の内容にかかわらず、一回の受診で3リンギット(約120円)を支払う。薬代は2週間で5リンギット(200円)、4週間で10リンギットと一律に設定されている。一般病院(General Hospital)という州の基幹病院を受診する場合は、受診料は大学病院より安く2リンギットである。また、農村部で医療を担っているヘルスセンターと、クリニック・デサ、クリニック・ビダンでは医療費は無料である。最近、同国では自由診療を行う個人開業医が増加しており、ここでは有料となる。社会保険制度はないが、現在,導入が検討されているという。
 これらの医療機関の受診について、原則的に患者は自由に医療機関を選ぶことができる。このため、農村部の患者が、軽症の疾病であるにもかかわらず、直接、一般病院や大学病院を受診するケースが増えてきているのが、近年の問題のひとつとして挙げられている。

2)母子ケアの政策
 厚生省のHJH.Safurah BT.HJ.Jaafar氏から同国の医療状況を伺った。厚生省は、1966-1970年(第1期)から5年間ごとの方向性および到達目標を定めて政策を進め、現在は1996-2000年の第7期に当たる.
 現在、同省には、1)疾病の管理、2)食物の質の管理、3)健康教育、4)歯科サービス、5)プライマリ・ケア(PC)医学と家族計画の5つの部門がある。
 このなかで、PC医学および家族計画に関する具体的内容は、①家族の健康:母親の健康、分娩出産時の管理、乳幼児と学童の健康、予防接種およびハイリスクの子どもの管理、学校における保健のカリキュラムの作成、家族計画、婦人の健康、若年者および高齢者の健康、精神的健康など。②栄養学:食物学と栄養学、妊娠出産に関する母子の栄養学、高齢者の栄養、健康的なライフスタイル、高齢者肥満の管理、倫理規定、栄養の教育活動とそのPRなど。③家庭医療学:家庭医療、教育のカリキュラム、都会と農村地域におけるサービス、となっている。
 これらの政策により,同国ではこの数十年で医療レベルが向上し,特に母子ケアに関する白書では著明な改善がみられた。すなわち,1957年→1993年の36年間に,周産期死亡率は26.7→11.7、新生児死亡率は30→6.8、乳児死亡率は11→0.86、妊婦死亡率は3.3→0.22(対1,000)まで低下した。また、予防接種の普及により1985年→1994年の新生児発症数は、ジフテリア 35→0、百日咳では150→12と激減した。なお、平均寿命は1970年→1993年に、男63.5→69歳、女68.2→73.7歳までに延長している。
 1995年末の同国の医療施設の数は、ヘルスセンター 630、母子ケアクリニック(Maternal Child Health,MCH) 61、クリニック・デサおよびビダン(Klinik Desa and Bidan) 1993、移動診療所 227、地域のヘルスチーム (Village Health Team) 122である。近年、医療従事者の数は増加しており、1995年末で医師は人口2300人に1人、看護婦は1317人に1人である。

3)母子ケアの現状
 筆者はKelangにあるヘルスセンターとそれに隣接したMCHを訪問した。MCHでは、妊婦および出産後の婦人と乳幼児に関するすべてのcareとcureを、女医2名と看護婦6名が行っている。MCHに入ると広い待合室があり、10数組の母子が診察の順番を待っている。ここで、数名の看護婦が乳幼児の体重を測定し、母親へ育児のアドバイスを与え、壁に掲げられている写真や図を使って説明している。ここで私が気づいたことは、待合室で座っているだけでも育児に関する知恵や保健衛生の知識が、自然に目に入ってくることである。マレーシアの農村部では清潔な水の入手が困難なことがあり1)、衛生的な水の確保や衛生観念の教育も非常に重要なのである。
 医師は、待合室の状況もみながら診察室で母子の診察と治療を行っている。MCHのカルテはよくまとめられていて、例えば、妊婦のリスクファクターとして41項目があげられ、抜け目なくチェックができるようになっている。そして、リスクの程度に応じて、白、緑、黄、赤の4種類のラベルがカルテの表紙に貼られている。
 すべての妊婦は妊娠28週までは毎月、その後36週までは2週に1回、予定日までは週に1回妊婦検診を受けるようになっている。最近の厚生省の調査では、診察の回数は平均7.7回である。また、母親に渡すパンフレットも色刷りでわかりやすく、乳幼児の発達の様子やしくみが理解しやすい。
 待合室の壁には、男性と女性の生殖器の差をあらわす模式図、ピルの見本と服用のしかた,コンドームの使用法などが、わかりやすく図で示されている。この家族計画に関する知識の普及は重要な政策のひとつで、すべて無償で対象者に供給されている。
 以上のように、MCHではハイリスクの妊婦の管理、母子の健康の管理、保健衛生の教育、家族計画の普及などが、医師と看護婦により行われているのが印象的であった。

4)農村部の母子ケア
 MCHの下部医療施設に相当するのが村の中にある妊婦のための診療所、クリニック・ビダンである。歴史的には、分娩介助はビダン・カンポン(Bidan Kampong)とよばれる資格を持たない村の産婆が古くから行っていた。近年では、資格を有する地域助産婦が多くなり、彼女らはクリニックビダンを本拠地として活躍している。私が視察したKelangのクリニック・ビダンは、村の中にある小さな1戸建ての木造の建物で、住居と診療所がつながっている。地域助産婦はここに住んでおり、診療所は待合室16畳ほど、診察室は12畳ほどの広さで、その地区の妊婦を定期的にチェックし,分娩介助を行っている。ハイリスクとローリスクの妊婦に分けられ、カルテはラベルの色で分類され、常にMCHと密に連絡を取り合っている。分娩はここで行ったり、必要な場合は患者の家まで赴いて行う。冷蔵庫には注射薬やワクチンなど必要な薬剤がそろっている。地域助産婦は、妊婦の管理も行いながら、人々の様々な相談にも応じている。私は、心と心の触れ合いがある地域ならではの診療風景に接することができた。

おわりに
 わが国では、PC医学の中に妊婦や乳児の診療は通常含まれていないが、マレーシアでは、産婦人科および小児科を含めが母子ケアが重要で、うまく実践されている。また、医療だけでなく、保健衛生に関する知識の普及も特に農村部では力を入れる必要がある。今後、マレーシアの医療のますますの発展を期待したい。

文献 1)Kojima Y.,et al. Hygienic studies on the Federal Land Development Authority (FELDA)
schemes in Malaysia. J.Nor.Occ.Health 40:51-54,1995.

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