◆ マスターズ陸上選手に対する身体的・心理的検討

板東浩、吉岡稔人、中村巧、米井嘉一

●はじめに
 本邦では、肥満、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病が急増し、その原因には食事、運動、休養、喫煙、アルコール等がある。この中で、運動の継続は、様々な疾病や死亡率を下げるエビデンスが示され、その重要性が強調されている1)。
 一方、生体におけるフリーラジカルや活性酸素など酸化ストレスが重要視され、抗加齢医学が注目されている。老化は避けられない現象であるが、可能ならバランスが保たれた状態で、より遅いスピードで進むのが好ましい。理想的なのは、サクセスフル・エイジング2)の実践であろう。
 これら両者のモデルケースとして注目されているのが、マスターズスポーツへの参加者である。長年の運動習慣により、同年代の健常人と比較し、身体的・精神的に健康であることが予想される。
 このたび我々は、中高年のマスターズ陸上選手(*)に対する身体的・心理的側面を検討し、コントロール群と比較検討したので報告したい。

●対象と方法
 対象者は、マスターズ陸上大会に出場している男性選手63例(平均58.11±11.11歳)である。また、コントロール群として、健康な成人男性63名(平均56.94±14.72歳)も検討した。
 方法は、マスターズ陸上選手にアンケートを郵送し回答を集計した。郵送112通中回収は82通(73.2 %)で、記載漏れがなく分析可能な男性63例を用いた。
 アンケートは、共通問診票(Anti-Aging QOL Common Questionnaire, AAQOL)3) を用いた。本票は身体的30項目と精神的心理的21項目の質問で構成され、5段階の頻度(ない、まれに、ときに、しばしば、いつも)で回答するものであり、運動、喫煙、飲酒への記述項目も含まれている。
 回答は頻度をチェックし、ない=1、まれ=2、…、いつも=5というように1~5に数値化した。つまり、数値が小さいほど症状が少なくより健康であることを示す。マスターズ陸上選手(Mast)群とコントロール(Cont)群の2群間の差異を検討した。その際に、4項目ずつ関連症状ごとにカテゴリー化し、身体的症状3個、心理的症状3個、計6個のカテゴリーについて解析した(表1)。

●結果
 1)Mast群とCont群における各カテゴリーの結果を表2に示した。カテゴリー1、2、4、5、6ではMast群が有意に低く(p<0.01)、カテゴリー3では両群に有意な差異は認められなかった。
 2)参考として、喫煙、飲酒、運動習慣に関する回答をまとめた(表2)。Mast群とCont群で、喫煙者数は7/63(11.1%) vs 18/63(28.5%)であり、運動習慣(回/週)はMast群で有意に多かった (p<0.01)。飲酒について、アルコール摂取量/日は両群間に有意差はなかったが、飲酒回数/週は、Mast群で有意に多かった(p<0.05)。
 3)マスターズ群における6個のカテゴリー間で、15種の相関を解析すると、いずれも有意の相関関係(p<0.01)が認められた(表3)。

●考察

1.問診票と解析方法
 QOLに対する問診票として、欧米にはShort Form 36-item questionnaire (SF-36)があり、本邦では日本人に合わせた AAQOLがあり、人間ドック3)や老化度判定ドック、抗加齢医学会などで繁用され、様々な集団のデータが蓄積されている。これらのエビデンスから、正常値・異常値という軸ではなく、年齢や生活習慣に応じ各人のoptimal rangeを目指す考え方が重要である。このたび、AAQOLの項目を関連症状ごとのカテゴリーに分類するという解析方法を示し、報告を行ったのは本論文が初めてである。
 本法は後述する心理学的検査の5因子の手法に類似性がある。つまり、主要5因子性格検査のFFPQ(five-factor personality questionnaire)版では外向性、愛着性、統制性、情動性、遊戯性の5因子があり、外向性の中には活動、支配、群居、興奮追求、注意獲得という要素が含まれる4)。同様にNEO- five factor inventor
(NEO-FFI)には、神経症傾向、外向性、開放性、調和性、誠実性の5因子がある。各因子には下位次元6つがあり、神経症傾向の中には不安、敵意、抑うつ、自意識、衝動性、傷つきやすさの要素を含む4)。
 以上から、単独項目の検討では様々なバイアスで判断が難しい場合があるが、AAQOLで類似症状を医学的に包含する方法は臨床的に意義深いものと考えられ、今後も検討を深めていきたい。

2.マスターズ陸上選手の身体的側面
 運動量と心臓疾患、高血圧、脳卒中などとの関連について、Paffenbarger5)などにより多数の報告がある。しかし、マスターズ陸上選手で、医療で用いられるQuestionnaireを用いて同年齢の対照群と比較検討した研究は他に見られない。
 身体的側面のカテゴリー1(視覚表示装置関連症状)では、Mast群の症状が有意に少なかった。この理由として、近年増加しているVDTによる視覚の疲れや肩凝りは、Mast群では頚部や肩関節の運動で軽減されるが、Cont群ではその機会がより少ないことによるものと推測される。
 カテゴリー2(疲労関連症状)には、食欲不振、胃が張る、健康感がない、などの症状が含まれ、Mast群の症状が有意に少なかった。この一因として、Mast群ではCont群に比し、定期的な運動により食欲や健康感が保たれ、消化器症状が少ないことが挙げられるだろう。また、Mast選手は健常人より最大酸素摂取量は高く、脂肪率は低く、筋肉量も多い6)。日本の健常男性では、脚伸展ピークトルクは10年で12%低下するが7)、Mast選手では低下が少なく8)、日常から一定以上の運動強度で運動の継続が、食欲保持や健康感の認識にプラスに働いているのであろう。
 カテゴリー3(持続性神経関連症状)では、Mast群とCont群で統計的有意差は認められなかった。症例が少ない時点ではMast群の症状が有意に少なかったが、症例数の増加とともに有意差が消失した。これは、オーバートレーニングなどによって腰痛や関節痛を訴えるマスターズ選手の存在が一因であろう。腰痛や関節痛について、両群で由来が同一ではない可能性がある。つまりCont群では疾病のため、Mast群では健康であるゆえに練習が継続できているため、とも考えられる。
 以上に関連した先行研究がいくつか知られており、一般人とMast選手に分けて記述する。
一般人の場合、定期的に運動する者は、心疾患、高血圧、糖尿病などの罹患率や死亡率が低く1), 9)、一般中高年者では3~5日/週の30~50分/日の有酸素運動と2回/週のレジスタンス運動が推奨されている。運動の有無による脳卒中リスクは、コホート研究では25%減り、症例研究では64%減るとされる10)。運動強度は、1METの上昇で12%生存率が上昇し、運動能力が心疾患患者で最強のリスク指標であるという11)。つまり、対象者の条件や疾病状況にもよるが、ある程度強い運動が効果的だと示唆される。
 マスターズ陸上選手の場合、動脈硬化疾患が少ないエビデンスがある。11年前にトップクラスだった陸上選手(46~70歳、264例)と20年以上心臓血管疾患がない健康男性(年齢一致388例)の検討で、降圧薬の服用歴は前者で8.7%、後者で27.8%と、明らかな有意差がみられた12)。
 今回の身体的結果と先行研究とを合わせ考えてみると、Mast群はやや強い負荷を伴う運動の継続によって、加齢に伴う動脈硬化疾患の進展が抑制され、疾病頻度も低く、肩凝りや食欲低下など愁訴が少なく、日常生活のQOLも良好に保持されやすいものと思われる。

3.マスターズ陸上選手の心理的側面
 カテゴリー4~6では、いずれもMast群で症状の程度が有意に少なかった。カテゴリー4(うつ関連症状)ではMast群の症状が少なく、Mast群のスポーツ価値意識の先行研究(社会軸/時間軸、禁欲性vs即時性、手段性vs自己目的性)13,14)などから、自分だけではなく、周囲の人々や社会に対してもポジティブな方向性を持っていることが、関連していると思われる。
 カテゴリー5(自信喪失関連症状)でMast群の症状が少なかったのは、Mast群では生き甲斐があるとの回答率が非常に高い(30~80歳代で82.9%~96.9%と加齢とともに増加)13)ことが関係しているのであろう。
 カテゴリー6(不安関連症状))でMast群の症状が少なかったのは、Mast群では目指す方向性があり(記録と勝利33%、健康保持31%、休暇・余暇22%、仲間14%)、余暇の過ごし方も妥当である(趣味39%、運動22%、家族13%、社会活動9%)13)場合が多いからと考えられる。
 これらには、Mast群の前向きの生活意識が少なからず関係し、心理的に大きくプラスに働いているものと思われる。
 臨床スポーツ心理学15)の見地から、パーソナリティにおける5因子の研究が行われ、前述したFFPQや NEO-FFI、Big Five Personality Inventory (BFPI) などが含まれる。アスリートは非アスリートに比して有意に、外向性と誠実性が高く、開放性と調和性が低く、競技が長年になるほど、外 向性と誠実性が高くなり、神経性傾向は少ない16)。Mast選手に対する個人・社会志向性尺度17) では、競技種目が違っても女性は比較的社会性が高く、グループ競技より個人競技の選手は個人志向性が高いという。
 メンタルヘルスの立場からは、自己受容尺度や達成動機を測定するTaikyou Sport motivational inventory(TSMI)があり、スポーツ選手のメンタルヘルス評価尺度(Mental health scale for athletes, MHSA) が近年用いられ18)、健康度・生活習慣診断検査などが含まれている。
 以上のように、マスターズ陸上選手に対する心理的調査は、達成動機やメンタルヘルス、社会志向性の側面から実施されている。これらに本研究の精神的・心理的な指標を組み合わせることで、今後さらに深い検討が可能になるだろう。

4.嗜好と運動習慣は日常の実践活動
 参考として集計した喫煙、酒、運動習慣の結果は、6つのカテゴリーの結果が日常生活に反映され、実践されているものとも言えよう。
 特徴的な結果は、Mast群がCont群に比して、アルコール量/日に差異はないが、アルコール摂取頻度/週が高いことである。飲酒の背景について、Cont群はストレス解消のために飲み、Mast群は運動の後に健康的に軽く一杯飲む、というように理由が異なる場合が多いと推測される。マスターズ選手は上手に酒をたしなみ、健康管理に十分に留意しているのであろう。運動習慣の頻度が高く、少量のアルコールを日々うまく摂取し、健康観、幸福感を感じているのかもしれない。

5.カテゴリー間の検討
 6個のカテゴリー間について、Mast群の15種すべて正の相関(p<0.01)がみられ、表に示さなかったが、Cont群でも正の相関が認められた。これは、身体的症状が少ない人は心理的症状も少なく、身体的症状が多い人は心理的症状も多いことを示唆し、同様に3個の身体的カテゴリー、3個の心理的カテゴリーの中でも、相互に症状のレベルが関連していることを示唆する。
 これらの結果は、心身についての様々な症状が相互に関連している可能性や、AAQOLの項目から今回分類したカテゴリーの妥当性を示唆するものと思われる。

●おわりに
 今回の研究報告は、次のようにまとめられる。
1)共通問診票(AAQOL) で類似症状を医学的にカテゴライズ方法は臨床的に意義深く、種々の解析により、本法の信頼性が示唆された。
2)Mast群はCont群より身体的症状が有意に少なく、長年の運動習慣の継続が一因だろう。
3)心理的症状は、Mast群でCont群より有意に少なかった。運動習慣や日常生活で前向きな姿勢があり、勝利獲得や記録更新のみではなく、社交性やフィットネス、楽しみ、ストレス解消、気楽さなども志向している。アンチエイジングを実践し、サクセスフルエイジング2)への道のりを長く走り続けるモデルと考えられる。
4)6個のカテゴリー間には有意の相関があり、「病は気から」と言われるように、心が健康なら身体も健康に、逆に身体が健康なら心も健康になる、という解釈が可能であろう。
5)Mast群の優れたライフスタイルを知らしめ、次世代が生活習慣を整え、スポーツと共に心身が健康を享受するように期待したい。

* 本論文の著者2名は現役のマスターズ陸上選手の医師である。板東は糖尿病を専攻する内科医で、M45クラスの短距離で3年間徳島県の記録保持者である。中村は整形外科リハビリクリニックで、管理栄養士や理学療法士による独自の食事・運動療法を患者に実践させながら、兵庫県大会で短距離や走り幅跳びで常に入賞を続けている。両者は大学の準硬式野球部の同窓で、卒業後30余年にわたり、日々トレーニングを継続してきている。

図表:図0個、表3個 割愛

文献
1) Department of Exercise Science.: Physical activity and public health. A recommendation from the centers for disease control and prevention and the American College of Sports Medicine. JAMA 273: 402-407, 1995.
2) Rowe J.W. et al.: Human aging: usual and successful. Science 237(4811):143-149, 1987.
3) 米井嘉一:人間ドックでしかできないオリジナルな自費検査項目と評価. 治療85:2426-2429, 2003
4) 大野木裕明:主要5因子性格検査3種間の相関的資料. パーソナリティ研究 12:82-89, 2004.
5) Paffenbarger RS Jr.: Contributions of epidemiology to exercise science and cardiovascular health. Med Sci Sports Exerc. 20(5):426-438, 1988.
6) Hawkins S.A. et al.: Exercise and the master athlete--a model of successful aging? J. Gerontol. A. Biol. Sci. Med. Sci. 58: 1009-1011,
2003.
7) Akima H. et al.: Musle function in 164 men and women aged 20-84 yr. Med.Sci. sports Exerc. 33: 220-226, 2001.
8) 宮下充正. マスターズ・スポーツ大会参加者の運動能力. Sportsmedicine 59:46-49, 2004.
9) Pate R.R.: Physical activity and health: dose-response issues. Res. Q.Exerc. Sport. 66: 313-317, 1995.
10) Lee C.D. et al.: Physical activity and stroke risk: a meta-analysis.Stroke 34: 2475-2481, 2003.
11) Myers J. et al.: Exercise capacity and mortality among men referred for exercise testing. N. Engl. J. Med. 346: 793-801, 2002.
12) Hernelahti M. et al.: Hypertension in master endurance athletes. J.Hypertens. 16: 1573-1577, 1998.
13) 逢坂十美:第23回全日本マスターズ陸上競技選手権大会参加者のスポーツ活動と生活意識に関する調査. 社会学研究科紀要 4: 53-74, 2004.
14) 逢坂十美ら:全日本マスターズ陸上競技選手権大会参加者の生活意識に関する研究. 東海保健体育科学 25(1),23-38,2003.
15) 中込四郎:「臨床スポーツ心理学」の方法. スポーツ心理学研究25(1): 30-39,1998.
16) 梶原慶ら:アスリートおよび非アスリートのパーソナリティ 5因子モデルによる探索的調査 スポーツ心理学研究28(1): 57-66, 2001.
17) 磯貝浩久ら:スポーツにおける個人・社会志向性尺度の作成. スポーツ心理学研究27(2): 22-31, 2000. 
18) 村上貴聡:スポーツ選手のメンタルヘルス評価尺度改訂版の作成. 健康科学 25:67-77, 2003.

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