ダンスはいかが?

 映画「Shall we Dance?」を、2005年4月に見た。リチャード・ギアが主演した話題作で、米国で制作されたものだ。エレガントで素晴らしい作品で、心がぽかぽかと暖まった。2004年10月に公開後大ヒットを重ね、世界56カ国の公開も決定しているという。

 以前に、同名の本邦作品があったのを覚えておられるだろう。日本アカデミー賞で13部門を独占した「Shall we ダンス?」(1996)。周防正行(Masayuki Suo)監督が、コメディやドラマ性をうまく織りまぜ、人生賛歌に仕立てあげた。私が魅力を感じたのは、役所広司さんや竹中直人さん、渡辺えり子の演技で、共感したり笑い転げたり。数々の外国映画賞も受賞し、海外でも高く評価。偶然、国際線の飛行機に搭乗したとき、本映画を英語音声で楽しんだことがあったっけ。

 オリジナル版を思い出しながら、今回のハリウッド版について、両者を比較分析してみた。主役は、実直なサラリーマン vs キャリア組の弁護士。ダンス教師は、清楚な雰囲気の草刈民代 vs セクシーで魅力的なジェニファー・ロペス。原作は十分に尊重されながら、米国の実情にあわせ、一部の場面設定が若干変更されていたようだった。

 日本人にとって、社交ダンスとは、通常の生活と全く別の世界の存在である。だから、オリジナル版で、役所さんの平凡な毎日と、タキシードを纏って踊る姿とでは、そのコントラストにハッとする。また、ダンスは恋愛と関連して考えられがちで、気恥ずかしいと捉えられたりする。

 一方、米国では、高校卒業時にプロムがあるなど、ダンスは生活の一部に溶け込んでいる。子供のころからキスやハグは慣れていて、ダンスに対する偏見は少ない。特に勝ち組の人々は、ショービジネスの世界しばしば出入りしており、その華やかな雰囲気が、文化や感性にぴったりあうような気がしないだろうか。
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 実は、私もダンスを学んだ経験がある。入門はマンボで、ルンバに進み、ワルツの動き知って身体を動かしたその瞬間、まさに「目から鱗」だった。それまで、音楽に合わせてステップは踏めても、身体で感じるリズムが、何となくすっきりしなかったのである。しかし、ワルツの1拍目で重心を下げ、2~3拍目に重心を戻す動作がわかり、ずっと追い求めていた腰のスムーズな動きを、悟ったというワケ。

 この点は、今回の映画の中でも示されていた。大会に向け練習を続けるシーンで、大切なポイントは重心の移動、つまり腰の「スウェイ(sway)」にあるという。この切り口で、スケートやスポーツ、ピアノ演奏について論を進めてみたい。
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 私は「スケート中級者への上達アドバイスNo.1」という実践書1)を、2004年末に出版した。スピードスケートで速く滑るコツは、「太ももを鍛えること」と思っているかもしれない。でも、これは違う。筋肉を鍛えることではなく、逆にあまり筋肉を使わず最小の力で滑るのが大切だ。すなわち、「腰を左右にスウェイして、重心を振り子みたいに左右に揺らす」のが、スケートの高等技術の心髄なのである。

 言い換えると、身体の重心をどれほど自由自在にコントロールできるかが、ポイントなのだ。コントロールとはcontr (against) + roll (move)から由来している。転がって動くものに対抗して動かなくする、自由奔放に動いている人を管理して動けなくする、という意味である。

 なお、「スウェイ」は他のスポーツにもみられる。ゴルフでは、頭や腰がスウェイする(sway a head, sway a hip)のはダメ。野球のバッティングでも、頭がスウェイすると目の位置が動くので、下手な証拠となる。ただし、大リーグのイチロー選手だけは、スウェイしていても別格だ。

 医学分野においても、swayという専門用語が用いられている。たとえば、整形外科の領域では、swayback(脊柱湾曲症)とかswaying gait(動揺歩行)などが挙げられる。
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 次に、ピアノを演奏するときにも、腰はまさに身体の要(かなめ)となる。私は5歳からピアノを、11歳からエレクトーンを習ってきた。その後、36歳で24年振りにピアノコンクールに出場した際には、CDを聴いて考え、身体の動きを感じながら研究を重ねたものだ。

 その結果、ピアノ演奏の軸は「腰」にあることを少し悟った。腰が安定していなければ、頸や肩に余計な力が入ってしまう。すると、前腕~手首~手指をすまく脱力できず、鍵盤からいい音色が生み出されない。

 つまり、「丹田」を意識して、どっしりと構えることが必要だ。もし、演奏中に低音から高音まで広く両手をスライドする際には、どうすればいいだろうか。上半身が移動してから腰が追随するのではない。まず腰がスウェイし、カカトも若干動き、そして上半身の軸がスライドしてから、肘と手首を力まずに移動させると、力まずに手指が自然に動くのである。
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 さらに、腰の動きはジャズピアノの演奏にも役立つことがわかった。クラシックとジャズの違いについて御存じだろうか?実際の演奏では千差万別だが、おおよその差異を説明しよう。

 クラシックで4拍子の曲の場合、各拍の強さは強・弱・中強・弱と、第1と3拍がやや強い。逆に、ジャズでは裏拍にアクセントがあり、各拍の強さは弱・中強・弱・強と表される。

 私は以前、徳島ジャズストリートに出場するためにCDを聴き、あるジャズピアニストの映像を見ていた。すると、彼は指で鍵盤を叩きながら、腰と足とを上手に動かしているのだ。両足はスキーでボーゲンの角度のように、つま先を内側に、カカトを左右に開いている。2拍目には、腰がまず左側に移動してから、左足のカカトで床をタップするのだ。同様に4拍目には右に重心がスウェイして、右のカカトでタップ。この方法は、裏拍を身体で感じる練習法として使えるな、と思った次第である。

 また、筆者は生活習慣病や音楽療法の講演の機会が多い。そんな場合、リズムの感じ方を、一緒に踊りながら説明している。

 日本の伝統的な演歌などでは、拍子をとるときに、1と3拍目に両手をうつ。その際に、膝を軽くまげて、少々おじぎをするとよい。

 一方、R & B など欧米系の音楽では、ビートの取り方が違う。2拍目には、左腰を左足の上に移動させて、左腰近くで両手を打つ。そして4拍目には、右腰近くで両手を打つのだ。この腰をスウェイする動作がスムーズにできれば、身体全体でそのリズム感を楽しむことができる。つまり、リズムの感じ方や取り方の傾向について考えてみると、日本人は上下方向、西洋人は左右方向の動きとなる。これが「スウェイ」なのだ。いちど試してみて、どうか、あなたの身体でこの差異を感じてみてほしいと思う。
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 ところで、フランスにはかつて、踊る国王がいたのをご存じだろうか。その人は「太陽王ルイ14世(1638-1715)」。幼いころからレッスンを受け、舞踏会でもあらゆる複雑なステップを率先して披露したという。同国最高の踊り手で、音楽家リュリを重用し、王立舞踏アカデミーまで創設したのだった。その時代に登場し人気を得たのが、音楽に合わせて踊れる「メヌエット」。Menuetのmenuとは細かい、小さな、という意味である。軽やかで優雅な雰囲気で、ステップを細かく踏みながら踊ったのだ。

 舞踏や舞踊には、芸術化あるいは大衆化への進化の歴史がみられる。つまり、美しく踊るか、それとも楽しく踊るか、という2つの方向性である。

 ダンスとは「足を踏みならし、身体を屈伸させること」であり、これ自体が人間の「性」を刺激し、人々に「心地よさ」を与えるという。おそらく、いろんな夜会で、王子や王女、貴族の男と女が対になり、時間も忘れて踊り続けたものと思われる。思いを寄せるパートナーとの出合いや駆け引きがあったことだろう。恋人同士で愛を語らい、一緒に揺らいでる時間と空間を共有している姿が、おもい浮かぶ。
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 このたび、ハリウッドから全世界に発信された映画「Shall weDance?」のラストシーンで流れている曲は「スウェイ」。

「私と踊ってね、そして、あなたの腕の中で、私をスウェイしてね(揺らして、気持ちをぐらつかせて、支配して)。」と情熱的に歌っている。

 あなたも、この世界に、いちど足を踏み入れてみませんか?

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