スケートとワルツ

 雨に濡れたアスファルトの路面が左右に揺れ、水しぶきとともに後方へ飛ぶ。盛り上がった背中の筋肉が激しく上下に揺れ、上体が浮いてきた。蹴り足に力が入らずバランスも崩れる。「ここまでか・・」。頭の中を絶望感がよぎる。大きく振る両手の向こうには白いゴールライン。スローモーションのように足元を流れ去る。空白の一瞬、全身から力が抜けていく、「終わった・・」。

 私はピアノを弾くスーパーアスリート・Hiroshi Ban Do。平成9年9月、日本海を遥かに望む秋田県の特設コース、大潟村ソーラースポーツラインは、雨にけむりながら私の登場を待っていた。「第3回インラインスケート・ワールド・イン大潟」。世界中で3000万人、日本国内でも120万人の愛好家がいるインラインスケート。その中でも私は走りながらワルツを奏でる唯一の「変わった」選手だったのだ。

 思い起こせば1年前、第2回大会にエントリーしたが惨敗。臥薪嘗胆を誓い、アロエを嘗めながらトレーニングを続けてきた。今回、2000mスプリントで、ようやく第6位に入賞。ロッキーのテーマ曲が流れる中降り注ぐ雨に向かって私は両手を突き上げていた。 

 私は子どもの時から、アイススケートが好きだった。自分の力で速く滑れ、気分は爽快。スケートに必要なファクターは、リズム、バランス、パワーの3拍子でないかと思っている。

 何といっても基本はリズム感。フィギアスケート靴で滑る時は、3拍子のワルツ。この重心の移動は、社交ダンスのワルツに似ている。1拍目には腰をやや落とし重心を低くする。2拍目、3拍目には背筋を伸ばし優美に舞う。ショパンのようにエレガントな雰囲気で。アン・ドゥ・トロワ。

 一方、ホッケー靴では、上体を折り、獲物を追う野獣のごとく、地響きを立てて突進。この場合は2拍子音楽では、激情的なベートーベンに相当するだろうか?

 スピードスケート靴を履いた時は、この両者の中間だ。3拍子のリズムをベースとした上に、大きく2拍子を刻む8分の6拍子がぴったりだ。指揮者がタクトを振るとき、腕は3拍子で、身体は2拍子で揺らいでいる感じ。私はいろんなスポーツが好きだが、このリズム感こそ、野球のバッティングや守備、ゴルフのスウィング、サッカーのドリブル、ラグビーのステップなどに通じるものと確信している。

 次に重要なのはバランス。私たちは身体の重心が両足の間にあれば安定して立てる。しかし、スケートでは、片足で立つ足の外側に重心が来た時に、倒れそうになる恐怖にうち勝たねばならない。

 最後にパワー。これは以外と不必要だ。素人では思わず無駄な力が入ってしまう。初めてスキーをした時に、妙なところに筋肉痛を覚え、くたくたに疲れた経験が誰でもあるだろう。やや慣れて中級になるとその辺が解消し、楽に滑れる。スケートも同様に、いかに力まずに滑るかを追求しているのだ。漫画YAWARAでは、柔を育てた猪熊滋悟郎が、「わしの柔道は、5-10人抜きごときでバテるようなムダな力の遣い方はしとらん」と、極意を述べている。ピアノ演奏でも同じことが言える。指の先端に力は入ってはいるのだが、背中、肩、肘、前腕、手首、指のすべてを脱力させていると感じられなければ、綺麗な音色はでない。これができれば「究極の技」。達人ともなれば、白い鍵盤を撫でるように良い音色を出す。これは、白い肌をかわいく撫でると、良い音色?が奏でられるのと共通しているのかもしれない。

 スケートで最も手強いのは、風圧である。風圧は速度の3乗に比例するという。そんなはずはないと最初は思った。確かに、時速20kmまでは風圧の影響は少ない。しかし、時速が30-40km以上になると、まるで目の前に見えない壁があるかのような強い抵抗を感じる。すこし腰をかがめ上体を前方に倒すと、風圧が少なくなり速度があがる。しかし、低い姿勢を保つのは至難の技だ。この姿勢を保つように、私は背筋力のパワーアップに5年間を費やした。トレーニング方法はスクワット。毎日、入浴の前に100回。出張に行けばホテルの部屋にあるイスや机を肩にのせて200回など。私の眼は、星飛雄馬(巨人の星の主人公)の瞳の如く、メラメラと燃え続けていたのだ。

 医学的に、スケートはエアロビクスである。ジョギングやウォーキングと同じく、周期的に筋肉の収縮と弛緩を繰り返してエネルギーを消費する。

 最近では、ニューヨーカーがインラインスケートを履いて、町並みを闊歩というか、「滑歩」しているとのニュースを聞いた。心を燃やしながら、身体も好気的に燃やし、健康に良いスケートを皆様にも是非ともお薦めしたい。

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