キング・ゴジラとゴジラ

 先日、アメリカ映画「キング・コング」を見た。シリーズの第1作で、公開は1933年(昭和8年)という昔のこと。SFX怪獣映画の原点と言える作品で、映画史上に残る名作である。今の時代に見ても全く飽きさせず、手に汗握る映画だ。

 日本ではカラーのリメイク版(1976年)の方がよく知られている。両方を見比べると、後者のほうが映画技術レベルが高いのは確かである。しかし、今から約70年も前、CG技術など何もない時代に、これほどのレベルの特殊撮影には、全く驚かされてしまった。エンパイア・ステートビルが建てられた年に、あれほどの斬新な発想で作られたのには、脱帽してしまう。

 物語のあらすじは、映画の撮影隊が人跡未踏の孤島にやって来る。そこで、原住民が神と崇めている身長18メートルの巨大なサル「キング・コング」に遭遇するのだ。撮影隊は、数百人の男達と紅一点のアン。船の甲板で夜に涼んでいたときに、アンが原住民にさらわれる。ただちに、男たちが武装して助けに向かうのだ。船の中で料理の仕事のみをして戦いなどをしたことがない中国人でさえも、「僕も助けに行かせてほしい」と志願する場面は、印象的であった。

 たった一人さらわれただけでも、間髪を入れず武装してすぐに行動を開始するのが米国人なのだろう。取り戻すために、犠牲になる人が少なからず存在してしまう。しかし、狩猟民族の彼らにとっては、これが通常の思考と行動パターンなのだろう。もし彼らが農耕民族の日本人であれば、どのように対応するだろうか。

 生け贄にされる恐怖で泣き叫ぶアンに対して、キング・コングは恋心を覚える。間一髪でアンは助け出され、コングも生け捕りにされた。コングはニューヨークに連れて行かれて見世物にされるが、カメラのフラッシュに驚いて鎖を引きちぎって脱走。ニューヨーク中を縦横無尽に暴れまわるのだ。恋するアンを片手にニューヨークのエンパイアステイト・ビルのてっぺんによじ登る。そして、襲いかかる戦闘機を叩き落とすコングの勇姿が印象的だった。当時、大不況で落ち込んだ人々を勇気づけ、一大センセーションを巻き起こし、興行収入の新記録を樹立したという。当時、この記録は「風と共に去りぬ」(1939年)まで破られなかったのだ。

 そのストーリーや映像については、従来高く評価されている。私は、今回、この映画の音や音楽に注目してみたい。コングの鳴き声は、ライオンとトラの鳴き声を録音して、それをスローで逆再生したものを合わせて製作されたという。

 音楽を担当したのは、マックス・スタイナーという作曲家である。「風と共に去りぬ(Gone with the Wind)」の「タラのテーマ」はあまりにも有名だ。ほかには「 カサブランカ(Casablanca)」(1942年)の音楽を担当している。この映画では、当初ロナルド・レーガン(後に合衆国大統領)が予定されていたが、結局イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガートが演じ、有名な「時のすぎゆくままに(As Time Goes By)」(Herman Hupfeld作曲)が使われている。また、映画「避暑地の出来事(A Summer Place)」(1959年)の中で「夏の日の恋」を作曲するなど、ハリウッドの黄金期を代表する映画音楽家といえる。1929年から1965年に至る37年間に何と350本近い作品を手がけて、アカデミー賞に18回もノミネートされ、3回受賞しているという凄さなのである。

 彼はなぜ、このように人の心をとらえる音楽をプロデユースできるのか、と私は疑問に感じた。どのようなバックグランドがあるのかを調査したので、彼の英文履歴からポイントを抜き出してみよう。1888年にウィーンに生まれ、16歳のときウィーンの音楽芸術院で1年間だけ音楽専攻コースで勉強。20歳までは劇場で指揮と作曲に従事していた。その後1914年にアメリカに移住し、ブロードウェイでミュージカルの指揮と作曲を担当している。1929年になり、ハリウッドにやって来て、彼の非凡な音楽性が花開くのだ。彼の音楽はダイナミックでお腹に衝撃を与える(dynamism and visceralimpact)と評されている。

 彼の訓練(discpline)の流れの中で、やはり劇場や演劇という現場で経験を積んでいることがポイントであると思う。音楽大学で、音楽学や理論などを学ぶことも確かに大切である。しかし、人々の反応を身近に感じながら、時代の流れをつかんでいくのが、大切であるのかもしれない。

 これとよく似た作詞家が日本にいる。なかにし礼氏である。彼は大学生のとき、シャンソンの歌詞を日本語に訳していた。銀座で歌われる彼の訳詞が、お客に受けるか受けないか、現場でずっと人々の反応を肌で感じ取っていた。だからこそ、彼の歌詞には、日本人の琴線に触れる何かがあり、曲の魅力と相加相乗効果で、名曲が生まれるのであろうと思われる。

 さて、この映画では、ほとんどの場面でBGMが使われており、その多くが現代音楽である。古典やロマン派の音楽とは異なって、複雑な音程を使っている。

 ここで、音程について平易に解説してみよう。ピアノの鍵盤でドと1オクターブ上のドの二つを同時に弾いた場合、振動数の比率は、1: 2となり共鳴する。ドとソなら2: 3、ドとファなら3: 4となる。この3者はそれぞれ、完全8度、完全5度、完全4度と呼ばれる音程の間隔で、落ち着いた気分にさせる。

 鍵盤のファとソの間には、黒鍵のファのシャープ(F#)がある。ド(C)とファ#(F#)を同時に鳴らすと、聴いている人はとても不安定に感じる。宙ぶらりんで、じっとしておれない、いらいらしてくる気持ちだ。CとF#の二つの音から、シ(B)とソ(G)の二つの音に変わることで、不安的さが解決されて、心が落ち着いたと感じるのである。

 この映画では、キングコングや爬虫類、大蛇などが闊歩するジャングルを探検していく。とても不安な気持ちだ。その際に、このCとF#の音程を含む和音を多用していた。当時の音楽であるから、現代音楽とはいっても、まだわかりやすいほうだ。それでも、映画をみている人を、映像と音楽で、よけいに不安な気持ちにひきずりこんでいくのには、十分な効果があると思われた。

 さらに、映像に加える音楽手法も使われているようだ。勇ましく行進するシーンであっても不安をかもしだす音楽を流している。十二の音を乱数的に不規則に使用する手法や、少し気味が悪い残響効果を加えたりしている。このように、音響を効果的に使うことにより、心理的にも恐怖感を増強させていたのであった。

 キングコングと同様に、日本の特撮映画も元気で健在だ。ウルトラマンもあるが、「ゴジラ」シリーズもある。ゴジラの第1作は1954年のモノクロ作品から始まった。

 第6作目の怪獣大戦争(1965年)では、X星人なる異星人が登場。X星は新たに発見された木星の衛星という設定だ。X星人は、すべてを数字で表現する特徴がある。アナログでなくてデジタルだ。たとえば、キングギドラを「怪物0」というなど、一見進みすぎた科学文明を有している。また、すべての女性が同じ顔であり、おそらく「クローン人間」なのであろう。

 第17作の「ゴジラVSビオランテ」(1989年)でも、バイオテクノロジーが使われている。ゴジラの敵であるビオランテは、人間の細胞を融合させたバラの細胞に、さらにゴジラの細胞を融合させて出来上がったものだ。本作の監督は、大森一樹氏。もともと映画好きで、「ヒポクラテスたち」公開の1985年に京都府立医大を卒業したが、医者の道を捨て、そのまま映画監督の道へ進んだ。単なる病気や病人ではなく、国のレベルで診断と治療を行い、手塚治虫先生のように、一介の医者よりももっと大きな使命をもって、仕事をしているように思える。

 シリーズ26作目となる「ゴジラ×メカゴジラ」が2002年12月に公開される。ゴジラと巨人軍の「ゴジラ松井」である松井秀喜選手との共演が実現されるのだ。すでにジャイアンツ球場で、映画初出演の松井選手が本人役を演じ収録された。「映画のゴジラもアメリカでプレー(演技)をして、全世界でホームランをかっ飛ばした。松井選手にもアメリカで大きなホームランをたくさん打ってほしい」と、「メカゴジラ」の全米公開に向け、大きな期待が寄せられている。

 2003年には、日本のゴジラはアメリカに上陸し、ひと暴れもふた暴れもしそうだ。多くのファンが期待し、私の心はわくわくしている。

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