◆ アンチエイジングドックにおける内分泌ー2

● 5)メノポーズとエストラジオール

 女性の更年期障害は、女性ホルモンの低下に起因する。エストロゲン(以下E)は40代後半ごろから急激に減少する(図7)。これがメノポーズ(menopause)で、のぼせ・いらつき・動悸を引き起こす。時期に応じた多彩な症状を表10に示した。長期的には骨粗鬆症や動脈硬化、アルツハイマー病の発症に影響するので、早期チェックが必要であろう。Eは3種のホルモン(E1, E2, E3)の総称であり、エストラジオール(estradiol, E2)が主要なものだ。よって、血中E2濃度を測定し評価すべきである(表11)。

 中高年女性のアンチエイジングドックで、推奨される検査項目や方向性を表12に示した。必要ならホルモン補充療法(hormone replacement therapy, HRT)を行う。最近、心筋細胞にE受容体が局在し、心筋の肥大・炎症に対するEの抑制効果が明らかとなった。高齢女性が高血圧で心肥大・心不全を合併しやすく、HRTで心肥大が抑制される報告もある(12)。
 HRTに関して、HERS (Heart and Extrogen/progestin Replacement Study)報告で、血栓性疾患の合併がHRT群で2.89倍多く、WHI (Women's Health Initiative Clinical Trial and Observation Study)でも、心血管疾患のハザード比の増加(冠動脈疾患1.29、脳血管疾患1.41、肺塞栓症2.13)と浸潤性乳癌の増加(1.26)のため、早期に中止された。ACC/AHAのガイドラインで、心血管疾患の予防目的で、現在HRTは推奨されていない(13)。

● 6)アンドロポーズとテストステロン

 最近は、女性の更年期と同様に、男性における更年期という表現が広く認知されてきている。テストステロン(以下T)を主とする男性ホルモンの分泌は40代頃より徐々に低下してくる(図8)。これがアンドロポーズ(andropause)で、性的能力の低下、抑うつ気分、骨密度の低下、筋肉量の低下などが認められる。遊離T濃度の基準値を表13に示した。
 男性更年期症状がみられ始める時期は、Tが急激に低下する40代後半が多い。この現象はT単独因子だけでは説明できず、DHEA(-s)やGH/IGF-I分泌低下などの因子が各人で複雑に絡んでいる。
 男性更年期の特徴は非常に緩徐なアンドロゲンの低下で、Late-onset hypogonadism (LOH)という概念が提唱されている(2)。The International Society for the Study of the Aging Male (ISSAM)の定義には「加齢に伴う臨床的かつ生化学的症候群である。典型的な症候とアンドロゲンの低下が特徴であり、そのためにQOLの明らかな障害がみられたり、多臓器機能に悪影響をもたらす」とある。現在、日本泌尿器科学会と合同で、診療ガイドラインが作成中だ。
 診療では、LOHとうつ病の鑑別が重要となる(2)。全国の泌尿器科男性更年期外来の多施設調査で、質問紙の回答で47.8%が大うつ病と診断された。60歳代で2割、40~50歳代で6割にのぼり、うつの前段階では「気分変調性障害」も考える。うつ病なら薬物治療アルゴリズムを、Tの低下ならHRTを検討する。
 以上から、十分な問診やホルモンの精査が重要であり、中高年男性のアンチエイジングドックの検査や方向性を表14に示した。ED(erectile dysfinction、勃起障害)に対する改善薬も普及してきている。
 ジヒドロ-Tは、前立腺肥大や前立腺癌、脱毛・禿げに関与するTの代謝産物である。多くの抗うつ剤の副作用に性的衝動の低下がある。一方、性的衝動に対してポジティブに作用する抗うつ剤が、唯一Tであるので、臨床的にうまく適応したい。
 現在注目されるメタボリック症候群の発症に、加齢による血中Tの低下が関与するという。アンドロゲン受容体ノックアウト(ARKO)マウスではオス特異的に肥満がみられ、原因としてエネルギー消費の低下と脂肪分解系酵素の低下が報告されている(15)。

● 7)メラトニン

 メラトニンは、脳の松果体から夜間に分泌されるホルモンである。その作用は睡眠と覚醒の周期をつかさどり、良質の睡眠に関与するという。メラトニン自身に抗酸化作用があり脳血液関門を通過することから、睡眠中に脳神経細胞を酸化ストレスによる傷害から防御する役割が示唆されている。
 メラトニンの分泌量は成長期の子供の頃が最も高く、その後20歳代になると急速に低下する(図9)。ただし、メラトニンの血中濃度は日内変動があるので、血中濃度より本人の自覚症状を重視する。すでに米国ではOTC薬として普及しており、今後本邦でもメラトン処方は抗加齢医療の一つの方法になろう。

● 8)他のホルモン系

 甲状腺系の加齢変化について、TRHおよびTSH分泌は低下する。高齢者では、T3産生の減少やT4代謝の遅延のために血中T4濃度は不変であるが、血中T3濃度は低下してくる。これが高齢者に多いlow T3 syndromeである。日常診療では、必要時にTSH、遊離T3、遊離T4を測定したい。加齢に伴う甲状腺ホルモンとTSHの推移を図10に示した。
 骨・カルシウム系では、加齢で活性化ビタミンD濃度が次第に低下し、逆に副甲状腺ホルモン(PTH)が増加する。50歳を超えると骨量が次第に減少するメカニズムには、多くのファクターが絡む。日本の高齢者は乳製品の摂取が少なく、カルシウム摂取も不足気味で、血中カルシウム濃度は低い傾向にある。
 糖代謝については、加齢により耐糖能が低下し、まず食後血糖の上昇からみられるという。膵臓からのインスリン分泌能は、加齢により低下~不変で、インスリン抵抗性は加齢によって増加してくる。

● 9)全体的に評価

 抗加齢ドックの内分泌的検査では、各項目で数値が得られる。留意すべきことは、各ホルモンで高値か低値かと考えるのではなく、総合的に「ホルモン年齢はどの程度か」と考え、評価していくことだ。
 一例として、49歳アスリートである筆者のデータを示す(表15)。アイススケート・スピード選手として42-46歳に冬期国体に出場し、30数年間体重が不変で、50mダッシュが6.9秒と不変である。表15で遊離Tが基準値以下だが、他のファクターや生活習慣を考慮すると全体的評価は良好であろう。 
 他のドック例として、日本人のエグゼクティブ49名を対照群と比較した報告がある(16)。共通問診票(AAQOL)で身体も心理状態も有意に良好で、骨密度、血管年齢、IGF-1, DHEA-S, cortisol(F)、IGF-1値を検討。DHEA-S濃度に有意差なく、ストレスホルモンのFは有意に高かった。Fが高値の原因をどう考えるべきか。エグゼクティブは高齢になっても社会的責任を有し活動的な生活を送り、うつや不安感などが有意に少ない結果を総合的に検討すると、negativeではなくpositiveな解釈が妥当であろう。

● おわりに

 本稿では、アンチエイジングドックについてホルモンの側面から述べた。そのポイントは、
 1)骨、筋、血管、神経、ホルモンという5つの領域の一つが内分泌的な精査である。
 2)各項目で正常か異常かを考えるのではなく、全体的な「ホルモン年齢」で論じたい。
 3)抗加齢医学とプライマリ・ケア (PC)医学とは臓器を超え幅広く予防に主眼を置く点で共通する。PCの基本であるACCCAの5項目、Accessibility(近接性)、Comprehensiveness(包括性)、Continuity(継続性)、Coordination(協調性)、Accountability (責任性)をここで紹介し、日常診療に参考になれば幸いである。
 以上から、ホルモンという微量な濃度を測定するミクロの視点も確かに必要である。しかし、評価においては、内分泌学的結果を総合的に捉え、アンチエイジングの全体を見るマクロ的な判断が望まれる。そして、患者あるいはクライアントに対しては、ACCCAに基づく全人的な指導を期待したい。

文献

1) 米井嘉一: 老化と寿命のしくみ. 日本実業出版, 東京, 2003(老化與壽命的機制。世茂出版、台湾、2005)
2) 日本抗加齢医学会. 第6回日本抗加齢医学会総会抄録集. 2006
3) 板東浩: ホルモン年齢の概念と評価方法. Modern Physician 2006; 26: 515-519
4) Yonei Y, Mizuno T, Shioya N: Aging and symptoms of gastrointestinal diseases. Anti-Aging Medical Research 2006; 3: xx-xx.(http://www.aofaam.org)
5) 板東浩. 内分泌疾患を拾い上げる. 板東浩編. プライマリ・ケア医のための内分泌疾患の診かた. 治療2005; 87: 2498-2504
6) Bando H, Zhang C, Takada Y, et al.: Impaired secretion of growth hormone-releasing hormone, growth hormone and IGF-I in elderly men. Acta Endocrinol (Copenh). 1991; 24: 31-36
7) 浦野友彦、大内尉義: 骨のエイジング.医学のあゆみ 2006: 217: 779-783
8)Geusens PP, Boonen S: Osteoporosis and the growth hormone-insulin-like growth factor axis. Horm Res. 2002; 58 Suppl 3:49-55
9) 上野浩晶、中里雅光: グレリンとソマトポーズ. 日本老年医学会 編. 老年医学update 2005-06, 2005; 188-198
10) 上芝 元. ホルモン年齢. 日本抗加齢医学会雑誌 2006; 2 : 38-42
11) 日本抗加齢医学会専門医・指導士認定委員会:アンチエイジング医学の基礎と臨床。メジカルビュー、東京、2004
12) 野出孝一: エストロゲンの心筋保護作用. 日本老年医学会雑誌 2005; 42:630-632
13) 高田淳, 土居義典: 高齢者の心筋梗塞診療の進歩. 日本老年医学会 編. 老年医学update 2005-06, 2005: 56-63
14) 岩本晃明、他: 日本人成人男子総テストステロン、遊離テストステロンの基準値の設定. 日本泌尿器科学会誌 2004; 95:751-760
15) 柳瀬敏彦、笵呉強、名和田新: 性ステロイドとメタボリックシンドローム. 日本老年医学会雑誌2005; 42: 633-635
16) Yonei Y, Iwaita Y, Muramatsu K, et al.: The anti-aging secrets of Japanese executives. Anti-Aging Medical Research 2005; 2: 61-69.(http://www.aofaam.org)

図7 加齢に伴うエストロゲンの低下 1)より
図8 加齢に伴うテストステロンの低下 1)より
図9 加齢と血中メラトニン濃度 1)より
図10 加齢と甲状腺ホルモン 11)より

図7ー10 割愛

表10 年齢と更年期障害の諸症状 3)

年齢     症状

40~50 月経異常、月経不順、不正出血(女性ホルモンの不足が始まる)
45~55 ほてり、のぼせ、発汗、動悸、めまい(自律神経失調症の多数を含む) 
50~60 頭重感、不眠、不安、憂うつ(精神神経症状などを含む) 
55~   高血圧、高脂血症、心臓病、脳卒中(動脈硬化に関わる疾病を含む)
60~   骨粗鬆症、骨折、腰痛(骨代謝に関わる疾病を含む)

表11 エストラジオールの基準値(pg/mL) 10)

男性          20~59
女性  卵胞期(前期) 11~82
    卵胞期(後期) 52~230
    排卵期     120~390
    黄体期     9~230

表12 中高年女性のアンチエイジング 3)

1)共通問診票・各種ホルモンの測定
2)DHEA経口投与
3)天然型エストロゲン経皮投与
4)補足療法
  インドール3カルビノールの投与(乳癌・子宮癌の予防)
  テストステロン経皮投与(意欲低下・抑うつ状態・骨粗鬆症)
  甲状腺ホルモン測定(甲状腺ホルモン低下症・相対的不足状態)
5)治療効果の判定(共通問診票・各種ホルモン測定)
6)定期的検査(年1回の人間ドック・癌検診など)
7)推奨される検査項目 IGF-1, DHEA-s、総テストステロン、エストラジオール、プロゲストロン
  TSH、free T4、free T3

表13 遊離テストステロンの基準値 10)

年齢  基準範囲(pg/mL) 平均値

20歳代  8.5~27.9   16.8
30歳代  7.6~23.1   14.3
40歳代  7.7~21.6   13.7
50歳代  6.9~18.4   12.0
60歳代  5.4~16.7   10.3
70歳代  4.5~13.8    8.5

表14 中高年男性のアンチエイジング 3)

1)共通問診票・各種ホルモンの測定
2)DHEA経口投与
3)テストステロン投与
4)補足療法
  アロマターゼ阻害剤の投与(5α-dihydrotestosterone高値の場合)
  甲状腺ホルモン測定(甲状腺ホルモン低下症・相対的不足状態)
  勃起不全に対する加療(バイアグラ、他の薬剤を使用)
  献血・瀉血(多血症の場合)
5)治療効果の判定(共通問診票・各種ホルモン測定)
6)定期的検査(年1回の人間ドック・癌検診など)
7)推奨される検査項目
  IGF-1, DHEA-s、総テストステロン、遊離テストステロン、ヘモグロビン、5α-dihydrotestosterone、PSA、
  TSH、free T4、 free T3

表15 アンチエイジングドック結果の一例

・free T4    1.44 ng/dL(0.90-1.70)
・IGF-1    160 ng/mL(106-398)
・cortisol    11.8 μg/dL(4.0-18.3)
・DHEA-S      1280 ng/mL (830-3960)
・free testosterone 12.3 pg/mL(14-40)
・C-peptide     1.24 ng/mL(0.94-2.8)
・adiponectin     5.7 μg/mL(参考5.0-10)
・総homocystein   7.1μmol/L(参考8.2-16.9)
・高感度CRP     276 ng/mL(参考<600)

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