◆ アンチエイジングドックにおける内分泌ー1

● はじめに

 本邦における人間ドックの目的は、癌や生活習慣病の予防と早期発見・治療に重きを置いている。
一方、アンチエイジングドックでは、さらに病的老化とQOL低下の発見・予防・治療などが加わる。厚生労働省の「健康日本21」が掲げる「健康増進」を実現させる実践的医療が、抗加齢医療に近い。健康を維持・増進したゴールがオプティマルヘルス(optimal health)で、「それぞれの年齢における心身ともに最もイキイキとした理想的な状態」と言える(1)。
 本稿では、アンチエイジングドックの内分泌的側面を概説し、最近の情報や治療についても触れたい。

● 1)抗加齢ドックにおけるホルモン年齢

 アンチエイジングドックは、骨、血管、筋、神経、ホルモンという5領域をカバーしている(表1)。これらの結果に基づいて評価されるが、老化の速度や概要は人によって異なるという基本的な考え方を押さえておきたい。画一的な指針で進めると、患者だけではなく担当の医師も、健康の維持増進の方向性について、苦慮することになる。
 引き続き、表1の中で5)のホルモンについて考える際に注意すべきことがある。ホルモン濃度を測定した結果に対して、単に数値が高いか低いか、というような判断をするべきではない。データを評価する前に、もっと多軸を駆使し、総合的な判断が必要となってくるのである。
 この時点で、老化を促進させる危険因子がどのように複雑に関わっているかを念頭に置かねばならない。すなわち、主な5つのファクターとしては、免疫機能、酸化ストレス、心身ストレス、代謝、生活習慣などのファクターを冷静に判断する(表2)。この段階を経て、内分泌の領域について評価する。
 アンチエイジングドックにおいて、内分泌領域で主要な項目として、成長ホルモンの分泌状況の指標であるIGF-1と、副腎で産生される性ステロイドのDHEA(dehydroepiandrosterone)が挙げられる。この2項目は、ほとんどのドックに含まれており、その意義や判断に精通しておきたい。
 両者に加えて他のホルモン検査も提出する。近年のドックで、標準的なホルモン項目の一例について表3に示す。各項目の数値ではなく、全体的に「ホルモン年齢」を評価するのが重要だ。この中で、男性におけるテストステロンと女性におけるエストラジオールは年齢によって基準値が異なってくる。ホルモン分泌状況を相当年齢として表す方法が報告されており、臨床応用されている(4)。
 なお、加齢による内分泌的機能の低下による症状を表4に示した。この概要を記憶しておくと、ドックの現場で適当な問診が可能となるであろう。高齢者では若年者と異なり定型的な症状が出現しにくい特徴がみられるので、潜在的な病態にも気づく機会もあると思われる。たとえば、甲状腺機能亢進症では、症状がみられなかったり逆に無欲状のこともあり、無欲性甲状腺機能亢進症と呼ばれる。その特徴は一見うつ病に類似し、心房細動、心不全などの循環器症状があり、四肢の近位筋のミオパチーなどがある。逆に、甲状腺機能低下症では、自覚症状や他覚症状も認めなかったり、認知症やうつ病などの精神症状が前面に出ることも少なくない。このような特徴に、注意しておきたい。
 また、主訴や症状に関連して、薬剤の影響を見落とさないようにしたい。本邦で使用されている内服薬の2-3割には副作用として口渇があり、様々な症状がマスクされたり、修飾されることがある。
 一般的に、加齢に伴ってホルモン臓器から分泌され各種ホルモンの動態について、表5に示した。注意すべきことは、ホルモンの血中濃度の正常値や範囲は、明確に設定できない場合もあり、刺激試験や抑制試験によって判定される場合もあることだ。その一因として、ホルモン分泌は、一定の水量が流れるようなものではないことがある。瞬時にスパイク状に分泌されるなど、血中濃度には山や谷がみられる。また、分泌能力だけではなく、標的器官の反応性もあわせて考慮する必要がある。以上を考慮しつつ、表5の基礎分泌、刺激後の分泌反応、標的器官の反応性の変化を参考にされたい。
 加齢に伴うホルモン分泌の低下は、ポーズ(pause)という概念で捉えられる。これは休止、一時停止、ためらい、躊躇という意味合いを含む。以下、4種のpauseに沿って、論じていきたい(表6)。
 従来、内分泌系とは、視床下部・下垂体・標的臓器という軸(axis)により調節され、コントロールされていると考えられていた。しかし、近年、この軸以外で、様々な臓器から臨床的に重要な各種ホルモンの分泌が知られている。これらの中で、主なものを表7に示したので、記憶しておきたい。この中で、特に注目されているのが、レプチン(食欲抑制)やアディポネクチン(抗動脈硬化、抗糖尿病)である。生活習慣病や抗加齢医学にも密接に関わっており、現在詳細な研究が展開してる。表7の項目の中から、今後、アンチエイジングドックに含められる項目が加えられていくことが予想される。

● 2)ソマトポーズとGH/IGF-1系

 成長ホルモン(growth hormone, GH)は、ソマトトロピンとも呼ばれる。ソマト(somato-)は「身体の」を意味しsomatotype(体型)、somatomedin(ソマトメジン)、somatosensory area(体性感覚野)、somatostatin(ソマトスタチン)の用例がある。
 GHは下垂体のGH産生細胞(somatotroph)から律動的に分泌される。若年期には、GHRH負荷に対する下垂体からのGH分泌は良好で、下垂体の機能や分泌の予備能力も大きい。しかし、加齢とともにGH分泌量やパルスの頂値も低下し、視床下部を介する負荷や下垂体への直接負荷でもGH分泌能力が低下する(6)。高齢者のGH分泌低下は、GHRHの分泌低下やソマトスタチン分泌亢進など複合的な原因が示唆される。
 下垂体から分泌されたGHは肝臓でインスリン様成長因子-I(insulin-like growth factor-I, IGF-1, 別名ソマトメジンC)産生を促進し、全身でGH作用を発揮する。つまり、ソマトメジン(medin=媒介する)を介して働くので、GHとIGF-1の作用を分けて論じるのは難しく、GH/IGF-1作用と表現している。GHとIGF-1の分泌機構を図1に示した。
 GHの分泌は思春期に最大となり、その後は年齢とともに低下する。これに平行してIGF-1およびIGF結合蛋白-3濃度も低下し、これらをソマトポーズ(somatopause)と呼ぶ。加齢によるIGF-1濃度の推移を図2に、基準値を表8に記した。

 GH/IGF-1系の作用を下記にまとめる。

 1)同化作用:肝臓や骨、筋肉、性腺、消化管で、蛋白合成を促進させる。各組織で細胞増殖を促すように作用する。同化(anabolic)と逆に異化(catabolic)の例として、インスリン不足で糖尿病極期に全身が痩せ衰える状態が知られる。この場合インスリン注射で筋肉が肥大し、ふくよかな体型に回復する。このようにインスリンは同化作用を有するので、同化作用あるいはインスリン作用と記載することもある。
 2)抗インスリン作用:インスリンに対抗する作用をも有するのが特徴である。中性脂肪を遊離脂肪酸とグリセロールに分解させる。
 3)中枢神経作用:日常生活で健康感や活力を維持させ、記憶や認知力を保持させる。
 これらの作用はソマトポーズの時期に減弱し、種々の変化が認められる。骨量の減少で骨粗鬆症が助長され、筋肉量の減少で筋力が低下する。免疫系機能の低下や性機能の衰え、内臓脂肪の増加にも関わる。以上が重複し、インスリン抵抗性の増大からメタボリック症候群や生活習慣病の発症にも影響してくる。
 高齢者では、骨組織内IGF-I量や血中IGF-1濃度、作用が低下して、骨量も低下するという(7,8)。
 治療面では、健康感の喪失や意欲の低下に対して、GH投与が研究的に試行されている。米国では俳優や政治家に対するGH治療がみられる。現時点での一般的な実施は時期尚早であろう。むしろ、日常の生活で規則正しい生活習慣、運動、良い睡眠を継続させる。逆に、GH/IGF-1分泌を抑制するストレス、炭水化物の過剰摂取を抑えるとよい。

● 3)グレリン

 成長ホルモンに関連して、以前からGH分泌活性を示す成長ホルモン分泌促進因子(GH secretagogues, GHSs)が存在し、化合物も合成されていた。共通の受容体GHSreceptor (GHS-R)への作用が明らかになり、新たなGH分泌調節分子と認められた。1999年に28のアミノ酸の内因性リガンドが同定され、グレリン(ghrelin)と命名。その由来は、英語の'grow'に対応する印欧基語が'ghre'であることによる(9)。
 グレリンは下垂体からのGH分泌を刺激し、GH増加作用以外に摂食亢進、エネルギー代謝改善作用がある(図3)。心不全とそれに伴うカヘキシアへの有効性も示唆され、臨床研究もすでに始まっている。ソマトポーズに対して、従来のGH投与に加えて、IGF-1投与や合成GHSであるMK-677の投与が試行されており、今後グレリン投与の可能性もある。

● 4)アドレノポーズとDHEA(-s)

 副腎は組織学的に3つの層に分かれ、各層からホルモンが分泌される(図4)。加齢により、アルドステロン分泌(球状帯)はやや低下し、コルチゾル(束状帯)は不変で、DHEA(dehydroepiandrosterone)とDHEA-s(DHEA-sulfate)は明らかに低下する。DHEA(-s)が、アンチエイジングで重要なホルモンだ。両者はステロイド骨格を有し、図5の経路で合成される。
 DHEA(-s)は性ステロイドだが、アンドロゲン活性はテストステロンの約5%と弱い。DHEAは不安定のため、血中では安定型のDHEA-sが99%以上を占める。DHEA(-s)の分泌は若年でピークとなり、その後加齢とともに直線的に下降する(図6、表9)。
 この低下をアドレノポーズ(adrenopause)と呼ぶ。加齢による網状帯のDHEA産生細胞数の減少や、DHEA合成に関与する17,20lase活性の低下による。DHEAの分泌調節因子は、主にACTHやプロラクチン、インスリン、3β-HSD(3β-hydroxyseroid dehydrogenase)などと推測されている。
 DHEAは「万能ホルモン」とも呼ばれる。体内で一番多く存在するステロイドであり、これを源に性ホルモンや蛋白同化ホルモンなど、50種類以上のホルモンが作られるからだ。DHEAは免疫力やストレスに対する抵抗性や、糖尿病や高脂血症、高血圧、骨粗鬆症などに対する予防的作用を有する。
 血中濃度は安定型DHEA-sを測定し、オプティマル値より低い場合は運動や食事、体重の適正化、DHEA補充などを考慮する。その理由は、GH/IGF-1系に比し、同系は生活習慣による影響が少ないからだ。
 年齢と血清IGF-IとDHEA-sの相関関係が検討され、回帰直線~曲線からホルモン年齢を算定できる。ドック受診者には、DHEAの血中濃度を提示するより、総合的なホルモン年齢で説明する方が有用だ。
 健常者10名にDHEA 12.5mg / 日を4週間服用させた1重盲検クロスオーバー試験の報告がある(2)。アディポネクチン(Adi)濃度が上昇し、総Adi/高分子量Adi濃度比は変化しなかった。DHEAはAdi遺伝子の発現調節に関与し、抗加齢ホルモンのDHEAは少なくとも一部はAdiを介した作用が示唆されている。

図1 GHとIGF-Iの分泌機構 1)より
図2 グレリンの作用 9)より
図3 加齢とIGF-1濃度 1)より
図4 副腎の模式図
図5 DHEAとDHEA-sの合成経路
図6 加齢とDHEA-S濃度 11)より

図1ー6 割愛

表1 抗加齢ドックの領域と主要な検査

1) 骨年齢   骨密度測定
       (DXA法または超音波法)
2) 血管年齢  指尖加速度脈波、血圧脈波検査(PWV法)、頚動脈エコー、眼底検査、動脈硬化関連検査(ホ       モシステイン、高感度CRP、インスリン、コルチゾル)
3) 筋年齢   ウェストヒップ比、除脂肪筋量、筋力測定
4) 神経年齢  共通問診票(AAQOL)、高次脳機能検査 (Wisconsin大学 Card Sorting Test)
5) ホルモン年齢 IGF-1、DHEA-s、エストラジオール、テストステロン

表2 老化危険因子 

1)免疫力   :NK細胞活性、DHEA-s、
2)酸化ストレス:8-OHdG、イソプラスタン、過酸化脂質、
3)心身ストレス:コルチゾル、DHEA-s、
4)解毒代謝機能:T3、T4、インスリン、アディポネクチン、毛髪・尿中重金属、
5)生活習慣  :睡眠、酒、タバコ、運動

表3 内分泌的領域で主要な検査項目

ホルモン項目          参考値

IGF-I    250~350 ng/ml
DHEA-s 2000~3500 ng/ml
テストステロン        *
エストラジオール       *
ホモシステイン <7.0 nMol/ml
高感度CRP <0.04mg/dl
インスリン  <5.0 IU/ml
コルチゾル <9.0 μg/dl
DHEA-s/コルチゾル比 >200

* ホルモン年齢が35歳程度

表4 加齢による内分泌機能低下に伴う症状

1)エネルギーの低下
2)運動能力や筋力の弱体化
3)性的ときめきや、精力の低下
4)意欲・精神的な鋭さの低下
5)視覚能力の低下
6)除脂肪筋肉量の減少
7)骨粗鬆症の進行
8)皮膚のツヤ・ハリ、柔軟性の低下

表5 加齢による内分泌系の変化

ホルモンの種類  基礎分泌  刺激後の  標的器官の
               分泌反応  反応性

成長ホルモン     →     ↓     ↓
IGF-1         ↓     ↓
LH, FSH        ↑     ↑     ↓
プロラクチン     ↑     →
ACTH         →    →or↑    →
TSH          →    →or下    →
ADH          →     ↑    
T4          →     →  
T3          下     →   
副甲状腺ホルモン   ↑
カルシトニン     ↓     ↓     ↓
インスリン     ↓or→    ↓     ↓
コルチゾル      →     →    →or↓
アルドステロン    ↓     ↓   
ビタミンD       ↓
テストステロン    ↓     ↓     ↓
DHEA         ↓     ↓     ↓
DHEA-S        ↓     ↓     ↓
エストロゲン(男性) →
エストロゲン(女性) ↓     ↓     ↓

表6 加齢に伴うホルモン分泌変化

ソマトポーズ  somatopause GH/IGF-1系
アドレノポーズ adrenoapuse  DHEA(-s)
メノポーズ   menopause  女性ホルモン
アンドロポーズ andropause  男性ホルモン

表7 覚えておきたいホルモンと作用 5)を改変

臓器   ホルモン       作用

心臓血管 ANP (心)     Na利尿
     BNP (脳、心)   Na利尿
     エンドセリン    血管収縮
     アンギオテンシンII  血管収縮
腎臓   アンギオテンシンI,II 赤血球産生刺激
     エリスロポエチン  赤血球産生刺激
副腎皮質 DHEA-S       男性ホルモン作用
胃    ガストリン     胃酸分泌
十二指腸 セクレチン     膵液分泌
肝臓   IGF-1        骨の成長
     レニン基質     昇圧
膵臓   ソマトスタチン   ホルモン分泌抑制
精巣   インヒビン     FSH分泌を抑制
卵巣   インヒビン     FSH分泌を抑制
脂肪組織 レプチン      食欲抑制
     アディポネクチン  抗動脈硬化、抗糖尿病

 
表8 IGF-1 の基準値 (ng/mL) 10)

年齢   男性      女性

20歳代  85~369   119~389
30歳代  67~318   73~311
40歳代  41~272   46~282
50歳代  59~215   37~266
60歳代  42~250   37~150
70歳以上 75~218   38~207

表9 DHEA-Sの基準値(ng/mL) 10)

年齢   男性      女性

20歳代  1650~5420 850~2990
30歳代  1200~4410 640~2030
40歳代  830~3960  250~1950
50歳代  620~2820  110~1160
60歳以上 140~2240  50~1000

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