「間」の魔力

 夏の甲子園,今年も熱い季節がやってきた.8月7日の開会式.新潟明訓高校・今井也敏主将の選手宣誓は,まさに素晴らしい,という一語に尽きた.全国の津々浦々にまで,爽やかな風が吹きこんだかのようだった.自分の言葉で表現した内容,話し方,表情に,感動した人も多いだろう.静かに淡々と心に語りかけるような口調であっても,野球に対する心意気や情熱が,私達の心に脈々と力強く響きわたってくる.この1分20秒は,必ずや,歴史に残るスピーチの一つとなるだろう.野球における数字の記録としては残らないが,人々の記憶にずっと残るに違いない.

 私が彼の選手宣誓に特に感銘を受けたのは,「間」の取り方である.彼の話し方をよく聴くと,言葉と言葉の間には,少し時間的空白がある.そのタイミングがまさに完璧なのだ.一つ一つの文節や文章ではなく,意識しなくても,全体のバランスがパーフェクトになっているようだ.彼には,デジタルではなくアナログ的で,かつ,芸術的な感性が備わっているのだろう.彼の仕草や歩行をかいま見ただけでも,彼の身体に内在するリズム感は抜群と感じられた.バッティングの際には,直球はもちろん,タイミングをずらす変化球にもついていけるだろう.守備の際には,いつでも打球の正面に行くという従来の守備理論ではなく,時にはゴロのリズムに合わせ,左右に自由自在に動くという近年の理論もマスターしているだろう.彼はショートと守っているとのことだ.まさに,守備の要(かなめ)で花形である.彼のステップを見る前から,軽やかなリズムとフットワークによる華麗なプレイが予想され,イメージが膨らんでしまった.

 甲子園の到来とともに,実は,私の身体からも内側から燃えたぎってくるものがある.というのは,大学時代,白球を追う日々が,私の青春だったからだ.「練習中は絶対水を飲むな」,が常識の時代.炎天下でフラフラになりながら練習していたのを思い出す.夏の合宿では,ご飯が喉を通らず,水にペットシュガーを溶いて飲んでいたものだ.このグラウンドで僕は死ぬかもしれない,と何度も頭をよぎったものだ.ある試合では,グラウンドの温度は40度を越えて,風はなく,まさに灼熱地獄といったこともあった.いろんな苦しいこともあったが,大好きな野球をしていることが楽しかった.

 私は小柄で非力のため,長距離バッターにはなれなかった.しかし,眼がよくて器用だったので,2番を打っていた.大きな当たりは少なくても,四球でも塁に出て盗塁すれば二塁打だ.私は粘りのバッティングを身上とし,三振は少なかった.ある日,バッティング練習で,先輩が「固め打ちをするから,よく見ておけ」と私に言って,連続して何本も得心の当たりを飛ばした.私も先輩を真似て,「片目打ち」をしてみたが,両目の時よりもうまく打てない.なぜ打てないのだろうかと,悩んだこともあった.私の守備は二塁手.セカンドの守りはとても難しい.ランナーがいる場合,微妙な状況の違いによって,二塁へ走ったり,一塁ベースに入ったり,一塁後方へカバーに回ったり,前にダッシュしたり,後ろへ中継に走ったり,チーム内で一番頭が良く,臨機応変に対応できる選手が守るべきポジションなのだ.しかし,私の場合は,いつも逆に走るという特技を持った迷選手であったのだ.

 「この迷選手の出現は,歴史的観点から鑑みて,以前から予言されていた?」ということを,皆さん,信じられるだろうか!人気漫画「ドカベン」をご存じであろう.高校生の時,愛読していた.野球を知るには,まず「ドカベン」をお勧めしたい.個性的なナインがそれぞれ役割を果たしている.優等生の里中が投手,山田という捕手がドカベンで,サードには熱血漢の岩鬼.そして,殿馬(とのま)という二塁手がいる.小柄で,ピアノを弾き,秘打「白鳥の湖」という,極意のバッティング技術を持つ.私は小学生の時から「抜き打ち打法」を真似するなど,いろんなバッティングにトライし,工夫を重ねていた.まさに,私と殿馬は酷似している.トンマな所も,ぴったりだ.

 卒業後も私は野球を続けており,18歳から始めた野球は24年目となる.現在,8-10チームが所属する草野球リーグで,1番センターを務めている.30歳から始めたスイッチヒッターがようやく花開き,運良く,首位打者3回,連続4年4割などの成績を残すことができた.もっとも,私は結果を求めているのではなく,毎日すこしずつの練習のプロセスが大切であり,継続こそが私の信条.坂道ダッシュのおかげで,ずっと走塁の速さは変わっていない.また,試合前の準備運動には半時間以上かけ,中途半端なプレイはせず,集中力を高めることで,24年間,擦り傷以外に大きな怪我はしたことがない.これは,大いに誇れることと自負している.

 さて,翌8月8日は特別の日で,徳島の夜の街はフィーバーした.毎年2月と8月の第一日曜に行われている「徳島ジャズストリート」が,開催されたのである.地方で続いているジャズフェスティバルとしては12年目となり,全国に誇れるものだ.今回は9つのライブハウスを会場とし,県内外から26バンドが参加した.共通チケットでどこでもフリーパスだ.私は,Dr. B & Brothersというジャズバンドで,以前から出場させて頂いている.ニューヨーク本場のジャズのような高いレベルの演奏はできないが,トークやスライドなど盛りだくさんなパフォーマンスにより,どうにかカバーしている.曲目はジャズやブルースにこだわらず,ハワイアンやポピュラー,映画音楽などジャンルは広く,皆さんに喜んでもらえるステージを目指している.

 今回は,本四架橋開通記念事業として,神戸からプロのジャズメンが招待されていた.彼らの演奏は素晴らしく,特にアドリブは,まさにぴったりはまっている.メンバーがお互いに会話を楽しんでいるように,音楽をツールとしてコミュニケーションしているのが,ビンビンと伝わってくる.アドリブのフレーズとフレーズの間の空間,楽器と楽器の間の空白など,その「間」がちょうど頃合いなのである.一方,私のアドリブは音のみが多くて,間が悪く,間が抜けている.まだまだ初心者で,すもうで言えば,土俵に上がれるかどうかという未熟者だ.音がない空間こそ重要であり,空白があるからこそ旋律がきわだち,サウンドの意味が倍加するのである.音符がない空白の「間」にこそ,次にはどんなアドリブがやってくるのか,という期待感で,私の心の中には,イマジネーションの世界が大きく広がってくる.

 今年初めにさっそうと登場した弱冠16歳の少女・宇多田ヒカル.シンガーとしても凄いが,彼女のソングライターの才能には驚くべきものがある.新しい感性で,英語の詩に,これ以上ピッタリ合わせられないというほどの旋律やリズムがつく.「間」の取り方などは,天才と評する人もいるほどだ.よく知られているR & R
(ロックンロール)は高い音域でテンポが速く,時には絶叫などもある.一方,ヒカルの音楽はR & B (リズム・アンド・ブルース)という範疇に属する.音域が広く低音の魅力が十分に表現される.リズムセクションを強調したスローないしミディアムなテンポのラブソングが多いことが特徴だ.もし,甲子園の選手宣誓に例えれば,R & Rは従来のパターン,R & Bは今回のにあたるだろうか.

 最後に,漫画の話に戻るが,「ドカベン」に登場する高校の名前は「明訓」.偶然の一致ではなく,新潟明訓をモデルとして,水島新司先生が書き下ろしたものが「ドカベン」なのである.単行本では48巻にもなる.渥美 清さん演じる「寅さん」の映画も全48作で,いずれも,歴史に残る名作となろう.

 かつて,甲子園で「ドカベン」として名を馳せた香川伸行選手は南海(現ダイエーホークス)に入り,パリーグで打率のトップに出たこともある.香川選手は,体型は太めだが,腰がよく回って内角球も上手に打ち,走るのも速かった.浪商出身であるが,徳島で生まれ育ったこともあり,徳島県民も応援していた.徳島は,徳島商業を甲子園で優勝に導いた板東英二(中日→タレント)をはじめ,池田高校を連続優勝させた畠山準(南海→横浜),畠山の1年後輩の水野雄仁(巨人→解説者)などの選手を輩出しているのだ.

 彼らのような名選手がプレイをしている時に,注意深く観察すると,間の取り方がとてもうまい.私も,長年,野球に携わっている中で,そのコツがわかりつつある.近い将来,プロ野球のドラフト会議に,徳島から「殿馬」(私)という名前が挙がってくるかもしれないので,期待しておいてほしい.

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